日根荘を語る
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『日根荘を語る』というシンポジウム(主催:泉佐野市ほか)に参加してきました。
日根荘(ひねのしょう)は、このブログでも何度か(って2回ですけど)ポタリング先として登場してますが、日根荘に関する学問的なお話を聞ける機会なんてそう滅多にあるもんじゃないですし、そりゃ、行くでしょ。それにタダやし(←ここ大事!)。
今回のシンポジウムは、日根荘の中でも、昨年、重要文化的景観の選定を受けた大木(おおぎ)地区をメインに、選定の背景や今後の在り方に焦点をおいた内容で、3人の先生方によるプレゼンテーションとアナウンサーを交えた談話会という構成でした。
参加者はおよそ170名、時間にして約4時間のシンポジウムで、観客のうち自治体関係者を除くと、お年を召した方が多かったです。一般参加では、なのだはかなり若い方だったのではないかと(笑)。いや、もしかするとなのだの嗜好が老齢化しているのか・・・・(汗)
どの先生も、「文化的景観」という形態の文化財について、まだその言葉自体が浸透していないことを意識されているようで、文化的景観の定義をすいぶんと丁寧に説明しておられたのが印象的でした。
勝手な理解かもしれませんが、我々が一般にイメージする文化財というのは、見た瞬間の「美しい」とか「古い」とか「珍しい」といった直感的な印象が、(正解かどうかは別として)ほぼ文化的価値に直結していることが多いので、価値を共有するにも話が早い。それに対して、文化的景観の場合、その景色を目の前にしていても「で、どの辺がすごいの?」的な感じで、みんなでその価値を共有するには、言葉を尽くして説明する、というか、価値をはかる「ものさし」から頭合わせする必要があるのだろうと思います。
でも、その一方で、「なつかしい~」とか「癒される~」という潜在的な感情を呼び起こすような景観に対して、いちいち文化的価値の説明を加えようとする試みであるため、ある意味、野暮な話だと感じる方もいるんだろうなとも思いました。

なのだ的には、文化的価値を明文化して共有することが、保存に対する集団的な共通認識を生むのであれば、これはこれでいい活動だと思います。
また、上町台地ポタもそうでしたが、文化景観・自然景観に関わらず、その土地の成り立ちについて思いを巡らせるのって、結構、好きかも。恐らく、そういった視点が、なのだ的ポタリングの楽しみ方のひとつになっているのかと。
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by なのだ | by hi-nanoda | 2014-02-24 21:01 | 日根荘
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